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感情にフタをするという選択

「起きてしまったことは、しょうがないよ。」
 
そう言って、
自分の感情にフタをすることがあります。
 
前を向こう。
気にしないでいこう。
もう終わったことだから。
 
一見、大人で前向きな態度に見えるけれど、
その裏で、感情は置き去りにされたままです。
  

自分を責め続けても、前には進めない

反対に、
「なんであんなことをしたんだろう」
「どうして私はこうなったんだろう」
と、答えの出ない問いを何度も繰り返し、
自分を責め続ける人もいます。
 
でも実は、
感情にフタをすることも、
無限に自分を責めることも、
どちらも根本的な解決には向かいません。
 
形が違うだけで、
どちらも「感情を見ない」という点では同じだからです。
  

優しい言葉が、感情を急かすとき

人は、
相手が感情的になっている姿を見るのが苦手です。
 
泣いている姿、怒っている姿、混乱している姿。
それを見ると、どう関わっていいかわからなくなり、
無意識に出来事を“都合のいい解釈”に変えてしまいます。
 
「そこから学びがあるよ」
「気にしないで、次に行こう」
「終わったことを考えても意味がないよ」
 
一見、優しい言葉。
でもそれは、感情に寄り添っているようで、
実は感情を急かしている言葉でもあります。
  

元気なフリの裏で起きていること

元気なフリはできる。
笑顔も作れる。
日常もこなせる。
 
けれど、心の奥では全然、元気じゃない。
 
ずっと責められている気がして、苦しい。
新しいことにチャレンジしようとすると、なぜか体が重くなる。
  

感情を後回しにした結果、人生は止まる

まるで、宿題が溜まっていく子どものように。
 
やるべきことがあるのはわかっているのに、
手をつける気力が出ない。
 
代わりに、ゲームや甘い物に逃げるようになる。
 
そして不思議なことに、そうしているうちに、
また新しい出来事が起きる。
 
「ほら、やっぱりうまくいかない」
「私はダメなんだ」
 
そんな確信だけが、さらに強くなっていく。
  

「過去には戻れない」…でも

確かに、過去には戻れません。
やり直すこともできません。
それは事実です。
 
でも…。
この「でも」を、私たちは早く切り捨てすぎています。
 

見ないできた感情の正体

この「でも」の奥に、長い時間をかけて積み重なった
“見ないできた感情”があるからです。
 
特に多いのが、
自分でも気づかないまま溜め込んだ「罪悪感」。
 
誰かを傷つけた気がする。
期待に応えられなかった。
自分の選択が間違っていた気がする。
 
そんな感情を、「考えても仕方ない」と押し込めてきた結果、
心の中に澱のように残ってしまう。
  

感情は、ゴミにもサインにもなる

感情は、溜めるとゴミになります。 
見ないふりをすればするほど、重くなり、濁っていく。
 
でも、感情は見つめると、
人生を創るためのサインに変わります。
  

感情を深めるということ

起きた出来事そのものではなく、
そこから湧き上がった感情を、丁寧に感じ直す。
 
悲しみ、悔しさ、怒り、怖さ、そして罪悪感。
 
それらを否定せず、急いで意味づけもせず、
ただ深めていく。
  

感情が溶けたとき、人生は自然に動き出す

感情が十分に感じ切られると、自然に溶けていきます。

スッと軽くなり、もう同じ出来事を何度も思い返さなくなる。
 
そのとき人は、頭で言い聞かせるのではなく、
体感としてこう思えるようになります。
 
「もう二度と、同じことは起きない。」と確信できる。
 
この安心感こそが、感情を見つめた先にある、
本当の前進です。

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