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旦那のウソと、罪悪感の話

男のウソは、わりと分かりやすい。
顔に出るし、空気が変わる。
わかりやすい足跡を残す人もいる。
証拠はほぼ上がっているのに、
最後の悪あがきのようにウソを重ねる。
バレそうになると逆ギレする。
話をすり替えて、妻のせいにする。
話が詰まると、「だって」「でも」と言い始め、
最後は「お前がかまってくれないからだ」と泣く。
そして必ず出てくるのが、
「俺だって頑張ってるんだ」という言葉。
その“頑張り”で、自分の非を正当化しようとする。
正直、たちが悪い。
罪悪感を感じると、
人は普段やらないことをして、穴埋めをしようとする。
急に家事をやりだす。
やたら子どもの面倒を見る。
何か買ってきたり、機嫌を取ったり。
最初から自分の予定が決まっていて、
それを言えなかったときほど、
先に「いい旦那のフリ」をする。
このパターンは、本当に多い。
(なぜか、驚くほど多い)
でも、罪悪感は消えない。むしろ、たまる。
罪悪感が刺激されると、人は怒りっぽくなる。
そしてそのあと、自分を罰するような出来事が起きる。
車を傷つける。
違反で捕まる。
ケガをする。
財布を落とす。
携帯を盗まれる。
偶然のようで、偶然じゃない。
子どもと旦那。
ウソに対する“仕組み”は、実は同じ。
違うのは、
子どもはまだ素直で、
大人は屈折した「すね」を
長年、ため込んでいること。
だから、子どもの方が扱いはラク。
旦那の方が、正直めんどう。
ここまでくると、
相手の未熟さというより、
誰にも引き受けてもらえなかった感情が
歪んだ形で残っているように見える。
つい、「どんな育てられ方をしたんだろう」と
姑の顔がよぎることもある。
でも、そこで立ち止まる。
育て直すのは、妻の役目じゃない。
ここで妻がやりがちなのが、注意すること。
怒ること。問い詰めること。説教すること。
でもそれは、もう一人、母親を増やすだけ。
もう、旦那のお母さんはやめていい。
いちばんこたえるのは、
注意することでも、怒ることでも、
放っておくことでもない。
・存在を、空気のように扱うこと
・家族が、淡々と成長していく姿を見せること
責めず、追わず、育て直さず。
ただ、こちらが自分の人生を生きる。
感情はサイン。
ウソも、怒りも、罪悪感も、
その人の未熟さを教えてくれているだけ。
それを矯正する役目は、
もう、あなたの仕事ではない。
誤解のないように書いておくと、
これは「ウソをつく夫が悪い」と言いたい話ではない。
ウソは、性格の問題というより、
未熟さや、感情の扱い方を知らなかった結果として
選ばれている行動に近い。
だからといって、
妻が我慢したり、理解役を引き受けたり、
代わりに成長を背負う必要はない。
責めなくていい。
でも、守らなくてもいい。
それぞれが、自分の感情を引き受ける。
それ以上のことを、
パートナーに代行する必要はない。
心の仕組み云々より前に、
「ダメなものはダメ」
そう思っていい。
線を引いた、その先に、次のステップがある。





