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「やばかったです…」という言葉の意味

講座の中で、こんなことを話してくれた生徒さんがいました。

「前に、講師になりたいって思ってたけど、あのまま講師にならなくて良かったです。たぶん、やばかったです…。」

私は思わず笑いながら、こう返しました。
「本当に、あの時講師になってたら危なかったよ。でもそれは、”あなたがダメだった”って意味じゃないの。」

この会話、実は講師だけの話じゃありません。

カウンセラーやセラピストになりたい人、昇進したい人、責任ある仕事を任されたい、部活の部長になりたい、お母さんになりたい…。

どんな立場でも、同じことが起こります。

 
 

「私には無理」の裏にある本音

その生徒さんは以前、こうも言っていました。

「私なんかが教えていいんでしょうか。まだ自分の中がドロドロしていて…”教えられない”って思ってしまうんです。」

私はそれを聞いて、心の中で翻訳しました。

「”教えられない”って、本当はこう言ってるのと同じなんですよ。『こんなまだドロドロしてる私には、教える資格がない』って。」

これ、誰でも一度は思ったことがあるんじゃないでしょうか。

「こんな自分がお母さんになっていいのかな」
「こんな自分が上司になっていいのかな」
「こんな自分が人を導く立場になっていいのかな」

でも、
ドロドロしていること、弱さや意地悪さ、嫉妬やずるさが残っていること。そのものが悪いわけじゃない。

私が生徒を育てる中で大事にしているのは、こういうスタンスです。

「完璧じゃなくていい。ドロドロのままやっていい。ただ、”ドロドロを認める勇気”だけは持っていてほしい。」

 
 

本当に危ないのは「未熟さ」じゃなくて「認めないこと」

もし、あの生徒さんが、「私はもうわかっている側」「私は教える立場だから」と、自分の未熟さや黒い感情を見ないまま講師になっていたら…。

きっと、こういうことが起きていたと思います。
 

パターン①:相手をいじめてしまう

講師なら

– 生徒さんの未熟さにイライラし厳し過ぎる
– 依存してくる人を「重い」と感じて、突き放したくなる
– 変わらない生徒さんに、心の中で「なんでわかんないの?」と責める
– 上から目線で優越感、イイ人を演じる

上司なら

– 部下のミスに必要以上にイライラする
– 「これくらいできて当然でしょ」と冷たくなる
– 自分ができることを、できない人が理解できない

お母さんなら

– 子どもの「できない」にイライラし爆発する
– 「なんで何度言ってもわからないの?」と怒鳴ってしまう
– 他の子と比べて、わが子をダメだと思ってしまう

カウンセラーなら

– クライアントが変わらないことに焦る
– 「この人、本当に変わる気あるのかな」と疑ってしまう
– 自分のやり方を押し付けたくなる

部活の部長なら

– 後輩が思い通りに動かないとイライラする
– 「なんで私の言うこと聞かないの」と責めたくなる

これ、全部「いじめ」であり、「攻撃」の構図なんです。

 

パターン②:自分をいじめてしまう

そして、そのイライラの矛先は、やがてこう変わっていきます。

「なんで私ばっかり…」
「私だってしんどいのに…」
「こんな自分じゃ失格だ…」

自分に向けた攻撃になっていくのです。

まじめな人ほど、ここで苦しくなります。集客が怖くなったり、人前に出るのが怖くなったり、うつっぽくなったりします。

未熟さを認めないまま、誰かの前に立とうとすると、かなりの確率で「いじめ」か「自己否定」になってしまいます。

相手をいじめるか、自分をいじめるか。どちらか(あるいは両方)が起こります。 

 
 

上の立場についた瞬間、「子どものままでいたい自分」が出てくる

上の立場になった瞬間、出てくるヤバイ「子どもごころ」があります。

ここが、一番つまずきやすいところです。

講師という”立場”に立った瞬間、
上司という”立場”になった瞬間、
お母さんという”立場”になった瞬間。

「こんなはずじゃなかった」
「まだこんなに嫉妬してる」
「こんなに意地悪な自分がいる」

という”まだまだ子どもな自分”が、ドーンと出てきます。

それを見た時に、「こんなんじゃダメだ」「こんな私が〇〇しちゃいけない」と自分を責めてしまうと、心はとても苦しくなります。

または、ひらきなおって、泣いて怒って、それを本音を出すのはいいことだと正当化して…。

これらは、本当によくあることなんです。

立場が変わったからって、中身がすぐに変わるわけじゃない。お母さんになったからって、完璧なお母さんになれるわけじゃない。 
 

私も昔は「こう教えてやろう!」タイプだった

ここまで割と辛口で書いていますが、私自身も昔は、かなり危ない講師でした(笑)。

「こう教えてやろう!」
「ここを突けばこの人変わるはず」
「気づかせてやらなきゃ」
「私のやり方が正しいんだ」

と、本気で思っていました。

だから、ツボを押しすぎて、相手がシャッターをガラガラと下ろしてしまうことが、何度もありました。

今振り返れば、あれは「なんで私が言う通りに成長しないのよ!」という、いじめる側の構図に、私自身が立っていたのだと思います。

子どもにもやりました。
パートナーにもやりました。
クライアントにも、生徒にもやりました。

本当に、自分が”偉い側”だと思っていたからです。

恥ずかしいけれど、これが私の真実です。 
 

それでも続けてこられた理由

それでも私が講師を続けてこられたのは、この3つを何度も何度も繰り返してきたからです。

1. 「性格の悪い私」がいたことを認めたこと

「意地悪な私だった」
「しつこい私だった」
「相手をコントロールしたい私だった」
ちゃんと自分で名前をつけました。隠さずに、認めました。

2. 「完璧じゃなくていい」と決めたこと

未熟さをなくしてから講師になるのではなく、未熟さを抱えたまま、それを自覚し続ける講師でいる。

ここが、私の中での「安全な講師」の定義です。

3. 1ミリずつでいいから直していこうと決めたこと

完璧にならなくていい。でも、昨日の自分より1ミリだけ優しくなろう。1ミリだけ丁寧になろう。

そう決めて、少しずつ進んできました。
 

「その立場になれなかった理由」は、あなたを守るストッパーかもしれない

だからもし今、こう思っている人がいたら。

「講師になりたいけど、怖い」
「上司になったけど、自信がない」
「お母さんになったけど、私でいいのかな」
「カウンセラーになりたいけど、私なんかが…」
「責任ある仕事を任されたけど、こんなドロドロした私じゃ無理だ」

それは「その資格がない」ではなく、「猶予期間」かもしれません。

猶予期間っていうのは、「ちょっと待って。もう少し準備する時間だよ」という時間のことです。
 

集客できないのは、深い心がストップをかけているのかも

講師として活動したい人の中には、「集客できない」と悩んでいる人もいます。

でも、もしかしたらそれは、「自分の中の深い心」がストップをかけているのかもしれません。

素晴らしい講座を学んで、自分もそれを伝えたいと思う。その気持ちは本物です。

でも、学ぶことと、伝えることは、全く別物のスキルです。

人は、人に教えることで優越感を感じたいと思っていたり、「教えてやろう!」という「やろう意識」が隠れていたりします。

そんな自分に気づいた時、「自分はそんな価値がない」「未熟だ」という、隠したい闇を見つけてしまう。

それを認めて、落ち込んで、ガッカリして…。

でも、それでもやりたいと思えたなら。

それは本物かもしれません。

 
 

猶予期間は、自分と向き合う大切な時間

あなたの中のドロドロや、意地悪さや、しつこさや、「こうしてやろう」と思ってしまう部分と、もう少しだけ丁寧に向き合うための時間。

この時間をちゃんと過ごせた人は、その立場についた時、驚くほどやわらかく、でも深い言葉が出せるようになります。

相手を責めずに、自分も責めずに、ただそこにいられるようになります。

 
 

「猶予期間」の先に見つけた、本当の自分

あの生徒さんは今、講師や先生ではなく、本当にやりたかったこと、心から喜びを感じることを見つけました。

そこと繋がると、どんどんアイディアが出てくるそうです。

人は、人がやっているから、といって憧れたり目指したりします。
でも、本当の自分は「そっちじゃない」と言っていたりするんです。

感情を無視すると、そんな大事な声を聞き逃して、まったく違った方向に行ってしまいます。

「講師になれなかった」という猶予期間があったからこそ、彼女は本当の自分の声を聞くことができたのかもしれません。
  

未熟さを一番よく知っている人が、一番安全

講師になることも、上司になることも、お母さんになることも、カウンセラーになることも、責任ある立場につくことも、それは「完璧な人間になること」ではありません。

むしろ、自分の未熟さを一番よく知っている人が、いちばん安全にその立場に立てるんです。

なぜなら、自分の弱さを知っているから、相手の弱さにも優しくなれる。自分のドロドロを認めているから、相手のドロドロも受け止められる。

完璧を装っている人より、「私もまだまだです」って言える人の方が、ずっと安心できませんか?

 
 

今「私には無理」と思っているあなたへ

もしあなたが今、「あの立場になれなかった理由」を抱えているなら。

それを責める代わりに、そっとこう問いかけてみてください。

「私のどの未熟さを、もう少しだけ大事に見つめ直す時間なんだろう?」

その問いから、次の一歩がきっと見えてきます。

焦らなくていい。
完璧にならなくていい。
ドロドロのままでいい。

ただ、それを認める勇気だけ、持っていてください。

その勇気があれば、あなたはいつか必ず、その立場で誰かの心に届く言葉を話せるようになります。

今はまだその時じゃないだけ。

それは「その資格がない」んじゃない。準備の時間です。

 

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