Story「母との関係」

母との関係

 

幼い頃からなぜか母親と見えない壁があるように感じてきた。
それが何なのか、ずっとわからなかった。
私よりも、下の妹弟、まはた上の兄姉の方がきっと好きに違いない
私のことは嫌いなんだ、そんなふうに思ってきたし、実際あきらかにそう見えた。

成人し、親元を離れ、たまに実家に帰る。
帰らなければいけない気持ちと、帰りたい気持ちと、親を喜ばせたい気持ちと、甘えたい気持ちと
きっとまたケンカになるに違いない、否定される、イヤだな、という気持ちが入り混じっている。

 

ちょっと緊張しながら実家に帰る。最初はお互いいい感じなのだが、だんだんいつものパターン。
ささいなことがきっかけで、言い合いになる。
相手にするのが面倒くさくて、さっさと帰る時もあり、だまって攻撃の嵐をあえて浴びる時もある。

 

母は相変わらず変わらない。そして私も・・・。

どうしたら、この堂々めぐりから抜けられるのか。
本を何冊読んでもわからなかった。

 

インナーチャイルドとバーストラウマ・・・

特にバーストラウマという言葉を聞いたのは初めてだった。

 

私の妊娠・出産時、母は父や姑との関係、お金のことで大変で、一度堕ろそうと思ったらしい。
そして出産後、産後の肥立ちが悪く、私は新生児室に3日いて、やっと母と会えた時、のけぞっておっぱいや抱っこを嫌がったそうだ。
母はせっかく生んでやっと会えたと思ったのに、嫌われたと思い、産後ウツになったと、そういえばよく聞かされたっけ。

 

今になって振り返ってみれば、もしかして、そこにすべての根本的原因があるのかもしれないと、
バーストラウマのことを知ってから思うようになった。ちょっと怖いけど、あまりにも、あてはまることだらけだから。

 

母親側の、妊娠出産子育てにおける罪悪感
子供側の、否定的勘違い

母が一度堕ろそうと思ったことから、私はどうやら、自分は望まれない、存在してはいけない、母に嫌われた、と思い込んだらしい。
だから幼い頃から人の輪の中に入っていくのが苦手だったり、皆自分のことを受け入れてくれないように感じていた。
誘って入れてくれるのに、あえて自分からそれを避けて、ひとりを好む時もあった。人からどう見られるかを妙に気にするところも強かった。

 

家にいても、いつも居場所がないように感じ、居場所を求め、放浪の旅にもよくでかけた。
結局、どこに行っても、誰と一緒にいても、満たされることはなく、疲れるだけだった。

 

自分のことを深く知るようになってから、だんだん幼い時に持ってしまった否定的勘違いのことが、よく理解できるようになった。
そして、母は母で、精一杯だったんだということも、わかってきた。
父の浮気、姑との同居、上に下にたくさんの子供たち。ひとりで抱え、誰にも相談できず、本当によくやってきていた。
思い出したが、私はそんな母を助けたい、役に立ちたいとも思っていた。まだ小さ過ぎて、役に立てない自分のことを責めてもいた。

 

大きくなったら絶対お母さんを助けよう、そう誓ったことを思いだし、久しぶりに涙が出てきた。
私、こんなにもお母さんのこと、本当は大好きだったんだ・・・

 

お母さんが私のことを色々言うのは、否定してるんじゃなくって
心配だから、気にかけてくれていて、自分のような失敗をしてほしくないから言ってくれてたんだということが、わかってきた。
表現がヘタくそで、素直になれなくて、言いすぎた後は実はいつも反省して電話をかけてくる。
その電話を私はそっけない言葉で対応し、時に居留守を使ったりしていたことを、申し訳なく思う。

 

また久しぶりに実家に帰ってみた。
不思議と母との間に壁は感じなかった。
私が生まれた時のことをあらためて聞いてみた。

 

「大変だったから一度堕ろそうと思ったんだけどね、胎動を感じる前に 絶対生まれたい!って、言ってるのが伝わってきて
 あ~何があってもこの子をこの世に送りださなければ、って、思ったんだよ。
 あまりかまってあげれなくて、お母さん自身もいっぱいいっぱいで、感情をかなりぶつけちゃって、
 ホント! 今でも子育てやり直したいくらいだよ。」

 

どの母親も、きっとそう思っているに違いない、と、私はこの時そう思った。
ただ、はっきり言葉に出して言わないだけ・・・

どんなに離れていても、子供にどんなに嫌われても、何人生んでも母親はずっと母親で、子供のことを忘れたことなどないんだろうな。
ずっと、深いところで、思うような子育てができなかった自分自身を、責め続けているんだろうな。

 

「お母さん、色々あったけど、私はお母さんのこと、本当に感謝してるよ。生んでくれて育ててくれてありがとう。」

今まで私の前では一度も泣いたことのない母が、どどどっと、涙をこぼした。
そしてすぐ席を立ち、台所に行った。

 

「また時々くるからね。」

家までの帰り道、すがすがしくさわやかな気持ちだった。

あ、そういえば、今回はケンカしてないや。

 

きっとこれからもケンカすることはあるだろうけど、前とは違う。
お母さんと、ちゃんと繋がっているから・・・

幼い頃からずっと探し求めていたものが心の深いところに見つかり、その泉から、こんこんとつきることなく温かいエネルギーが溢れている。
とてもリラックスしてやさしい気持ちになれる。

 

私の居場所はここにあったんだ・・・

もう外に探す必要はないんだ・・・

 

幸せの青い鳥のように
本当はいつもすぐそこに
すぐここに

安心できる居場所と幸せがあることに、気づいた。

mami nishitani

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